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2017-05

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帝王切開での出産を終えて(長文)。 - 2011.09.07 Wed

手術をしてから退院までの10日間は、
精神的に辛い日々だった。

助産院や本で勉強した、
“出産時の素晴らしい経験”とは全て真逆の事をしなくてはならなかった。

自然分娩をすると愛情ホルモンが湧き出るというけれど、
帝王切開をした自分はそれよりも愛情不足になってしまわうのでは不安になったりした。

結局理由はわからなく、
たまたまだったのかもしれないというあいまいな見解も手伝って、
納得もできていなかった。

私はもう自然分娩できない身体になった。

病室でふとした瞬間に涙が溢れて止まらなくなる。
自分でもコントロールできないどうしようもない感情が押し寄せる。

「無事に産まれてきてくれたんだからそれで充分」

頭ではそう理解できても心がついていかない。

入院時は母子別室。
突然離れ離れになって寂しい思いをしてないか、
泣いてもすぐに抱っこしてあげられない、
チー坊ごめんね。
せめて一緒にいられたら。
毎日そう思っていた。

病院のスタッフさんたちは皆いい方ばかりだった、
でも病院の方針には違和感と疑問だらけ、
いつもの私なら納得するまで追求したいけれど、
助産院に迷惑がかかっては申し訳ないと考え直した。

ある日真っ赤な目をひとりの看護師さんに見られてしまった。

「どうしたの?私でよかったら話して。」

誰かに話したら心を立て直すキッカケになるかもしれない、
兎に角自分の気持ちを納得させ前に向きたかった私は気持ちを話した。

「ママが悪いわけじゃない、もちろん赤ちゃんが悪いわけでもない、
ママの心がまだ出産できていないのかもね。」

とても印象的な言葉。
私の心はまだ出産をしていない
まさに自分の気持ちを表現した言葉だった。
謎がとけたように、心が少し軽くなった。

私が帝王切開になったと知り、
「Ruの気持ち分かるよ、私も...」と話をしてくれた幾人かの友人、
実は私の周りにも出産の状況によって心を痛めた女性たちが居たことを知った。

自分が経験して初めて知る事の出来る人の痛み、
私たちはこの宙に浮かんで掴めないような気持ちを乗り越えることで、
母になるのかもしれない。

******************

退院して2日。
念願の24時間Uiと一緒。

彼女と一緒にいると宙ぶらりんだった置いてけぼりの気持ちが、
少しずつほぐれていく。

10カ月一心同体だった大切な時間を思い出した。
10カ月チー坊と自分の身体と向き合った貴重な時間を思い出した。

出産はゴールだと思ってここまできたけど、
もうお腹に宿した瞬間からUiは私の中で誕生していたように思う。

今こうして、すやすや横で寝ているかわいい寝顔を見ていると、
6分でも7分でも苦しい思いをさせていたと思うと、
手術で出してもらえて良かったと思えてくる。
彼女の成長と共に、少しずつ乗り越えていける。

辛かったけど、それでもこれもいい経験だったと思う。

出産という女性にとっての大きな出来事、
幸せになったり、感動したり、傷ついたり、辛い思いをしたり、
その人にしか分からないいろいろな思いがあるのだと、
今の私は知る事ができる。

なんだかちょっと重い内容になってしまったかな。

自分と同じ思いをした人と共有できれば、
そんな気持ちで綴ってみました。

それにしても、
我が子はやっぱり天使です^^
blog3.jpg



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まさかの緊急帝王切開(長文)。 - 2011.09.07 Wed

事の始まりは8月25日嘱託医池川クリニックでの37週検診。
お腹の張りと胎児の心拍を計るモニター検査でのこと。

前回は助産院での同じ検査、元気な様子だったので、
今回も何事も無く終わるはずだった。
ただエコーでご対面できることを楽しみにElvisと出掛けた。

ベットの上に登り、機械をお腹につける、
「ここの数字が心拍で今の140くらいがベース、ここの数字がお腹のはりで18くらいがベースです。」
教えて下さったあと席を外す助産師さん、
主人と談笑しながらモニターを見ていると正常だった心拍が突然下がり60台に。

「あれ?チー坊動いちゃったのかな??」
と呑気に話していたら戻って来た助産師さんたちがにわかにバタバタ。

助産師さん「もしかしたら大きな病院に紹介になるかもしれない。」

私「えっそれでどうなるんですか?」

助産師さん「入院か、すぐに帝王切開か。まずは先生の指示を仰ぎましょう。」

突然のことによく理解できずただただ涙がこぼれてくる。

池川先生「心拍が一時低下してるけど、その後元気になってるし、紹介する程ではないと思う。
たまたま臍帯を握っていたか、踏んでしまってその時に強い張りが来たのかもしれない、
山本さんに相談してみましょう。」

すぐに電話をかけて下さり、とりあえずは山本助産院でモニター検査を重ねて様子を見ることに。

ひと安心し、その足で助産院へ向かう車中で、

Elvis「もし何かあったら赤ちゃんの無事が一番、池川先生も山本助産院も自分たちがすごく
信頼してここまできたでしょ。だからその人達が決めた最終決定は信頼して受け入れよう。」

そう言った彼の言葉に、動揺していた気持ちに少し覚悟が決まった。

山本助産院での検診。
ここに来るととても気持ちが落ち着く。
助産院の検査では何事もなく元気な様子が確認でき、
やっぱり臍帯を握ってしまっていたのかも、
ということに。

念のためその翌日も助産院へ、また元気な様子を確認。

山本院長「いつ産まれてきてもいい、いつでも待ってますからね。」

その言葉に励まされ家に帰って掃除や階段上り降り、スクワット、
陣痛を起こしそうなことを兎に角やってみる。

その翌日8月27日(土)も検査。
この日元気な様子が見られたら次の検査は週明けのはずだった。

その日はもうあまり心配していなかったので、一人で検診へ。
助産院に着くと早速モニターをつける。
元気な様子が確認できるも、念の為普通の検査より長めにつける。

と突然強い張りが来た時に再びチー坊の心拍が60台に、7分間続く。

慌てる助産師さん、
院長も駆け付け、緊迫した空気が部屋を包み、
「緊急搬送をお願いします。」という言葉が耳に届く。

家にいるElvisに連絡を取ろうとするも、声を聞いただけで言葉にならず、
助産師さんに話してもらう。

私は近くの大きな総合病院に救急車で緊急搬送されることに、
主人は現地に直接向うことになった。

病院へは院長とKさんがついて来て下った。
何度も検診でお世話になったIさんには「頑張ってね」と抱きしめられた。
救急車では院長がずっと私の手を握って下さり、
Kさんは「大丈夫?」と優しく何度も声をかけてくれた。

「母体は元気です。ベビーが危ないので急いで下さい。」

院長の言葉に救急隊の方々も真剣に動いてくれていた。

10分ほどで病院に到着、
遅れてついた主人の顔を見ると心が少し落ち着く。

助産院での6分間の心拍低下以降は元気な様子が見られるも、

「37週で、もういつ産まれても大丈夫なので、赤ちゃんがまた苦しむのもかわいそうだから、
このまま帝王切開にしましょう。」

と担当医から告げられ約1時間後には手術室に。

「下から産めなくてごめんね。突然ママのお腹から明るい世界に出されるけど、
ママも一緒だからね。皆良い人だから心配しないでね。一緒に頑張ろうね。」

チー坊に届くように時間の限り何度も語りかけた。

カンガルーケアはできないか、
移動させる時は常に赤ちゃんに話しかけて欲しい、

その時なんとか思いつくお願いをした。

そして手術開始。
下半身麻酔なので話したり聞いたりは普通にできる。

助産院で自然分娩できなかった無念さと、
多くの人がチー坊誕生の為に手助けをしてくれているという感謝と、
整理のつかない気持ちが波の様に押し寄せ、
涙が止まらない。

手術が始まって約30分、
お腹を押されるような感覚の後、

「もうすぐ出ますよ~。はい頭出ました、肩も出たよ~。」

オギャ~ッオギャ~ッ

8月27日0時42分、
まさに私のお腹からチー坊がこの世界に誕生。

泣き声を聞いてまた涙が溢れた。

チー坊誕生。 - 2011.09.06 Tue

8月27日 午後0時42分
すくすく私のお腹で育ってたチー坊がこの世界に出てきました。

2800gの元気な女の子、チー坊改めUiです。
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いつかあなたが旅立つまで、
パパとママはしっかりその手を包んでいるよ。
私たちのところにきてくれてありがとう。
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我が家の新入りをよろしくです。

助産院で産むと決めたワケ その③。 - 2011.07.18 Mon

助産院で産むと決めたワケ~最終のその③です。

今年の1月初旬に妊娠に気付き、
その1週間後家の近くの産院でなく迷わず池川クリニックにElvisと共に初診へ。

無事妊娠を確認したその足で見学予約をしていた山本助産院へ行きました。

坂を登り住宅街の中に現れたピンク色の建物。
中に入ると趣味のいいアンティークの小物がそこかしかに置かれ、
優しい笑顔の助産師さんたちが迎えてくれました。

フリースタイル、カンガルーケア、母子同室、
病院との連携などひと通り説明を受けたあと出産と入院をするお部屋の見学へ。

まるでペンションのような洋室3部屋と畳の和室2部屋、
出産時の説明も簡単にして頂きイメージが広がりました。

そしてちょうど12時間ほど前に出産を終えたばかりの方とお会いでき、
「1人目は普通の産院で出産したんですが、ここは全く違って、
助産師さんが付きっきりでマッサージしてくれたりケアしてくれて、
すごく良かったです!」
とキラキラの笑顔でお話してくれたのです。

疲れてるだろうにとっても素敵な笑顔だなぁという印象、
Elvisも「すごいイイ顔してたね。」と。

見学を終えた頃には2人ともここにしよう!と心が決まっていました。

そしてほんの数時間前まで、
「Ruを女として見れなくなりそうで怖いから立ち会いは絶対したくない。」
と言っていた主人が、

「ご主人立ち会いは希望されます?」の助産師さんの質問に、
「はいっ」と即答していました。
隣で聞いてた私は思わず2度見(笑)

見学だけできっとそれだけ出産のイメージを変えられたのだと思います。

でもひとつ問題が、
私は150cmあるかないかのちびっこなので、
助産院出産での規定ギリギリライン。
最初の出産は大きな病院の方がと説明の際話もあったのですが、
できることなら自然出産をここで経験したかったこと、
そして何より次の出産はきっとブラジル、ここで産めるのはラストチャンス、と
リスクを承知の上でここでの出産をお願いしました。

最後に、
「良いお産にしましょうね。」
と言って下さった助産師さんの言葉が今でも私のエネルギーです。

私にとってのリスクは助産師さんにとってもリスク。
それを受け入れて下さったことに本当に感謝。

自然で無い現代にあって自然出産をするのはそれだけ大変なこと、
お腹のチー坊のため、自分のため、そして助産師さんの為にも、
これからの妊娠期間、
食事に、運動、出産に備えての身体作りをがんばっていこう!と思ったRuでした。

これが助産院での出産を選んだ簡単な経緯です。

“助産院”で産むと決めたワケ その②。 - 2011.07.12 Tue

ある本との出会いがキッカケで助産院で産むと決めた私。

まだ妊娠前ではありましたが(笑)早速近くの助産院をリサーチしました。

そしてHPを見て心にとまったのが、今通っている“山本助産院”。

サーモンピンクを基調とした優しいデザイン。
HPから伝わってくる柔らかな印象。

そして書かれていたフレーズ、

「― 前略 -
お産を医師や助産師に任せきりにせず、出産に向けて身体を整えましょう。
私たちは、心身ともにリラックスしてお産が出来るように、そっと寄り添いながらサポートしていきます。
あなたの「産む力」と赤ちゃんの「生まれる力」を信じて」
※HP「産む力・生まれる力」から抜粋

お産の主体はあなた、私たちはサポートします。

という凛とした中にも優しさを感じられるスタンスを感じ、
ここがいい!と見学に行きもせず(というか妊娠もしてない、笑)ほぼ気持ちは決まっていました。

そしてこちらの嘱託医が池川明先生という胎内記憶の研究をされている先生なのですが、
10年ほど前から知人の紹介でこの方の存在を知り、
友人や親戚の妊娠のお祝に著書の本を送っていたので、勝手に親近感。ご縁を感じたのです。

出産したい場所が決まると、
授かる日がますます待ち遠しくなりました。

ここで産みます!とハッキリ決めたのは。。。

その3 で☆

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屋久島ぐらし。~mamae terra 家族4人持続可能な巣作りの記録~

2012年2月から3年のブラジルオーガニック家族旅&エコビレッジ生活を終え帰国。 新メンバーSoraを迎え家族4人屋久島ぐらしをスタートしました!

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Author:Onuki Family
日系ブラジル人の夫、娘2人と私。

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